

欧米諸国と私たちの生活様式の違いを表現するのに“洋の東西”という言葉を使います。
もちろん欧米諸国を「西洋」、我々のことを「東洋」というのですが。
民族も歴史も宗教観も違うのですから生活様式が異なるのは当たり前ではあります。
“ボーダレス”とかいって世界一体化が進んで、生活様式の差が縮まっても、
外見上での「体格」や「肌の色」「髪の色」の違いや、
内面における「美意識」や「道徳観」「生活慣習」の違いなど、
服装術の違いは自ずとできてくるものです。
肌が白く骨格がガッシリした西洋人には「黒」や「グレイ」が似合い、
肌が黄色く上背の無い東洋人には「紺」が似合う、
というのが色相学の面からいえば定理と言えます。
ロンドンの証券街シティー界隈では黒やチャコールのストライプスーツが、
ニューヨーク・マンハッタンでは濃淡のグレイのスーツ姿が主流のスタイルです。
それでも、十人十色で各人が“自分に似合う服装”を用いることを基本としています。
我々の周りでは、リクルートは「ネイビースーツ」が基本とされてきました。
社会に出てからも新人のうちは紺中心のベイシックで目立たないスーツを着ます。
ことほど左様に、我々は“周囲を意識した服装” を用いることを基本としているようです。
服装の“用い方”の良し悪しを論じるつもりはありませんが、
民族間の「価値観」や「美意識」の違いは、ボーダレスが広まってくる昨今、
“洋”の違いにおける“用”の違いを解消することになるのでしょうか?